カテゴリ:入院記録 > 胃と腸の痛みで入院(2012年11月)

症状
昨日の胃の痛みの影響か、食事のときに胃が痛む
主治医Aさんから入院時に採取した生体の結果をもらう。単純性潰瘍の診断と矛盾しないという結果。これで、主治医Aさんは終診になった。



生薬
前日に煎じた生薬を水筒にいれるようにしました
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昼飯
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お粥(ホタテ出汁)
梅干し
タラの焼き魚

夕食
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お粥
辛くない麻婆豆腐
ブリの焼き魚
味噌汁

味噌汁を飲むまえに胃が痛む。
味噌汁は、30分後に遅れて飲んだ。
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2012年11月24日。

三連休の真ん中の日。

この日の夕食がひとつのきっかけとなる。

この夕食後、猛烈な腹痛に襲われた僕は、ずっと横になっていた。コップに注がれたビールがまだ残っている。

この痛みは朝の5時ぐらいまで続いた。

うーん、うーんと唸っていると、睡眠を邪魔された妻が心配したのか、救急車を呼ぶかどうか聞いてくる。

救急車を呼ぶほどの痛みかどうかを考えると、当落ギリギリのような気がして気が引けた。

大学生のころにインフルエンザにかかり、熱にうなされ、惚けてしまった僕は、寝巻きのまま近くのコンビニに入るやいなや「救急車を呼んでください」と言ってしまったことがある。

救急車がサイレンを鳴らしながら、遠くから近づいてくる間に次第に冷静になり、救急車が目の前に止まり、載せられる自分が、恥ずかしかった。


あの、もう、いいです。とは、言えない雰囲気の中、運ばれる恥ずかしさ。

普通の大きくない内科の病院に運ばれると、入り口は外来と同じなため、病院で待っている人からの目線。

二度と経験したくない。


翌月の12/10に、大学病院の診察を予約できていて、あと二週間すれば、最新医療の診察が受けられることも頭にあった。


夜中に病院に駆け込んでも、どこの病院に連れて行かれるかわからない、研修医の診察しか受けられず、対した治療は受けられない、それなら、あと、二週間我慢すればいい。

そのときは、そう考えた。

翌日の夕食後、またしても同じ痛みに苦しめられる。この日も耐え抜くつもりだったが、ある考えが浮かんだ。

救急車を呼ばずにタクシーで、12/10に予約している病院にいくのはどうだろうかと。

手元には、予約先への紹介状。その紹介状を書いてくれた病院で受けた大腸の内視鏡結果、CTスキャンの結果があった。

これらを持参すれば、これをベースに話ができるので、早く診察が受けられるかもしれない。

期待が膨らんだ僕は病院に行くことにした。朝の4時ごろだった。

妻に病院に行くことを伝え、電話でタクシーを呼び病院に向かった。


病院で、研修医ぽい人にあたると、期待が怒りに変わった。持参した紹介状や検査結果を全くみてくれないのだ。

紹介状の封を開けてみるようにうながしてもは、宛名に書かれた先生の名前が自分とは違うと言い放つ。

こいつは、医者で頭はいいが、きっと馬鹿だと思った。体調不良なやつは気が短くなるので、汚い言葉が心に浮かぶ。

なぜ、こんな夜中に病院にきているのか、そして、そのヒントがその封をした紹介状に隠されている。

一秒を争う医療の現場なのに、ヒントを開けないとはどういうことか!

そういうことをうまく伝えて、封を開けさせた。

点滴を一時間ほど受けているときに、朝、出勤した別の先生から入院を告げられた。

この人が主治医Aさん。見るからに頼りになりそうな感じ。


これで助かったと思った。

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先週の土曜日(2/9)から歯車が狂い始めた。

あの黒砂糖の固まり一つで。

もちろん、黒砂糖がいけないのではない。

しかし、砂糖が欠乏していた僕の体には、刺激的な栄養素だったようだ。

一気に、胃液を出してしまい、それで胃痛になったのかもしれない。


日常的にフラフラするようになり、体力や体重の回復のためにアイスやお菓子を食べてみた。
だけど、この胃痛はまだ治まっていない。

昼食の「玄米がゆ」も半分しか食べられなかった。

痛みに耐えながら、
「もう死ぬのかな?」
「ここで死ぬわけにはいかない。俺は生きる!」
「身体は、何かを訴えている」
「ただ耐えるだけではなく、考えるんだ」
「医師だったら、どうする?」
などを考えた。

答えは、胃を休める。
流動食で、胃に負担をかけないようする。

これがいまの答えだ。




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