カテゴリ: 自分の行きたい人生を創造する

この人生をどう生きたいか。

これまでに何度となく考えてきましたが、改めて「制限抜きに」考えてみることにしました。

僕は子供のころから、どのように生きたいの考えるクセがありませんでした。重大性も分かっていませんでした。


ひとことで言えば、世の中に反応して生きてきました。

がんばることはあっても、それは学校や社会から求められてきたことであって、世間から反発を得てもやりたいと求めたことではありませんでした。

中年と言われる年齢になって世間を見渡すと、なりたい自分像に近づこうと切磋琢磨している若者をみて羨ましく感じることがあります。



中学も高校も大学も社会人もある程度のレールの上を歩いていただけでした。

レールの右端から左端へ動くような人生。

このままではダメだと思い、10年前に思い切り振り切って転職しました。

退職したいという気持ちはあるものの次が決まらない。そうこうしているうちに部署異動の話があり、異動先で辞めるのは失礼と考え、そのまま退職しました。アルバイトをしながら、就職活動という無謀な挑戦でした。

それが、自分がはじめて行った大きな決断でした。

結果として成功することができ、ある程度は満足した日々を過ごせてはいます。

でも、草野球してた人がプロ野球の打席に立つようなもの。三振やゴロばかりで、次第に自己嫌悪になりました。

そして日頃の不摂生もあり病気に。

病気になって霊能者に見てもらいました。その人は以前に私を見て、このままではお腹の病気になるよと指摘してくれてました。

当時の私はそれを軽視し、病気になるならなればいいや、なってから考えようくらいにしか考えず、そのままの不摂生を続けてしまいました。

そして病気に。

予言どおり病気になってしまったので、もう一度、守護霊の声を聞きたいと霊能者にヒアリングすることになりました。

彼女いわく、体も心も休息を求めているとのことでした。

病気になってもう四年。

体は良くなりつつあるとしても、まだ油断はできません。

僕の治療は習慣の中にあるのですが、忙しくなるとそのルールを破ってしまい悪化、慌てて整えるという具合です。

そんなやり方を続けてますが、さらに発展させたいとスピリチャルな視点で精神や心のケアにも取り組んでます。

こっちは趣味ですね。

そうした本に共通するのはイメージの持つ力。そもそも、この世は実践の場なので、実践したいことを求めれば叶えてくれるようにできているそうです。

イメージを祈りと捉えてもいいです。
3.11のような悲劇が起きたとき、私たちは祈ります。それは私たちは無意識に祈りには、それを叶える力があることを知っているのです。

スピリチャル否定派に告げたことがあります。あなたの黙祷はなんのためにやっているのですか?と。何を念じているのですかと。

叶える力はあっても、叶うスピードは、その人の「場」や「関係」によって変わります。

結婚を夢見ても男性と接触しないと何も変わらないように、叶いやすい場に近づいたり、叶いやすい関係を構築したり試みが必要です。

また、人は固定観念を持って生きているのですが、その固定観念の通りの人生を送ることになるので さまざまな価値観に触れて揺さぶって自己改革をしたほうが願いはかないやすくなります。

私たちは日頃からさまざまな思いを抱いて生活しています。

満員電車が辛かったり、上司からの圧迫が怖かったり、そうした気持ちはイメージと同じで、その気持ちによりそう人生を送ることになります。

なので、願いをイメージすると同時に日頃の気持ちを観察することが大事になります。

これらのことを学んで、ふと気付きました。僕は どんな人生を送りたいのかと。
僕をつつんでいる固定観念から離れ、自由な気持ちになって、送りたい人生を想像してみようと思ったのです。

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いまいる地点からではなく、真っ白な状態から自分の人生を想像する。

これは、私たちが生まれる前に、一度考えています。

・何をしたいのか。
・どの国で生まれたいのか。
・両親はどんな人がいいのか。
・望む社会環境は。

そうした思いから、ほぼぴったりの条件を選んで生まれました。

私の前世は武士で戦いに敗れて死んだそうです。戦いに疲れたのでしょう。今世は戦いとは無縁な環境に生まれました。

父と母も穏やかです。

日本は平和ですし、家庭環境も良好でした。外にでることを好まず、九州で一生を過ごす気でいました。

政治に関心はありましたが、趣味はなく、ゲームも好まず、スポーツも進んではしない、そんな子供でした。

社会からの強制がなければ、なにも打ち込まなかったと思います。

振りかえってみると、生活に問題はなあためハングリー精神はなく、「決められたら頑張る」という、自分の人生を自分では切り開かないタイプでした。

そんな僕が2005年に思い切って退職をします。

きっかけはベンチャー起業の流行です。

いてもたってもいられずに濁流の中に飛び込みました。

そして、病気に。

過去には不満はありません。

できなかった自分を恨めしく思うこともありません。

ただ、ただ、愛らしい自分がそこにはいたと思ってます。

しかし、こうして年を経ると、現実に満足していない気持ちがむくむくと湧いてきます。

そして、また違う自分の道を模索したくなるのです。

僕は自分の個性を愛しています。

社会からは欠点と評価を受けているかもしれませんが、山口県の酒蔵が作る獺祭のように必要不可欠な要素が欠けていたから発想の転換が生まれ、新しい酒造りの手法を生み出してしまうように、この欠点から出発したい。

僕は自らの意思で九州に生まれ、自らの意思で東京に行きました。

これが全てではありません。

死ねば社会的な名誉やお金は置いてきてしまいます。

そこまで、理解した上で、これからの自分の人生を創造したい気になっています。

いまでも、なぜ生まれてきたのか知りたいと思ってます。大事なことです。

だけど、ある程度、自分なりに解釈したあとは、いまの気持ちを大切にしたい。

もしかしたら、これまでの人生で生きる目的を変えた可能性もあるのですから。
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