カテゴリ: 入院記録

【入院2】CRPは通常通りで高くなく、腸閉塞の疑いへの続き。

入院2日目


やっとiphoneが手元に届きました。
連絡できない、ネットができない結構つらいですね。


入院3日目


レントゲンの撮影。
レントゲンを撮る意味がわからなかったのですが、後日、腸内の便の状況を確認したかったと判明しました。

ずっと、最低限の点滴のみで過ごしてました。

お腹が減りすぎてて、体調がおかしくなりました。

ふらふらになります。


看護士さんには、お腹が空くのは体調が良くなっている証拠と励ましてもらえましたが、

19時頃に充満する夕食の匂いに、耐えられなくなり、そのまま寝ました。


入院4日目


朝4時頃に目が覚めました。

入院計画書にサイン。入院期間に14日間と書かれていたので、心理的な負担が減りました。

この時点では、まだ腸を切る可能性もあったので、心理的な負担が減っていたのは私の勘違いで間違いなのですが、勝手な期待に過ぎないけど、気持ちが軽くなっていたのは確かです。


翌日、大腸内視鏡の検査をすることになりました。

この検査では、潰瘍の状況を調べるのが目です。

医師からは、狭窄や閉塞の状況を調べた上で、今後の処置を決めると言われました。

一般的に、こういうときに医師はいきなり最悪の状況の話はしません。
Aの時は、Bの時は、Cの時はと話をするのですが、Aが一番処置が軽く、B、Cと進むにつれ、処置が重くなっていきます。

潰瘍をステロイドでなくしてから、バルーンを入れて、狭窄を広げたいが、狭窄がどの程度なのかは確認してからの判断になると言われました。


明日の内視鏡検査のためには便を出す必要があると言われたので、勝手に、水を買ってごくごく飲みました。


病室は2人部屋ですが、隣の患者さんが外出でしたので、私一人で寝ました。
入院時は、いつも、テレビを見ているのですが、今回の入院ではテレビを見る気持ちが起きませんでした。

今後どうなるのか、不安が大きかったからだと思います。


悪く言えば、いまの自分の病気を軽く考えていました。

去年の病院変更と、自分の取り組みの結果で、CRPが0.28と極端に小さくなっていました。

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これが油断の元です。

これで、僕は、いきなりは病気は治らないけど、このまま行けばきっと治ると信じていました。












続く。
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2018年4月7日(土)から腸閉塞で入院しましたの続きです。

その日の病院は休診日でしたので、休日診療の申込をしました。
緊急性がないと8640円取られることに同意して、病院で待ちました。

待っている間、身体を起こしておくことができなかったので、横になっていました。

医師に事情を説明しました。普段、かかっている病院なので、過去の履歴が全部病院に残っているのは心強かったです。

採血の結果、CRPは1.12と、健康な人と比べると高い値になっていましたが、自分のいつもの数値と比べると高いことはありませんでした。
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そこで、レントゲンとCTスキャンの撮影を行いました。
その結果、腸が20cmほどソーセージのように膨らんでいると言われ、緊急入院になりました。

合間を縫って、公衆電話から100円玉をつかって、妻に電話。

妻は、帰宅途中でしたが、そのまま病院まで来てくれ、入院手続きをしてくれました。

その日の夜まで痛みは続いていましたが、夜になって痛みが和らいだため、疲れもあって、そのまま寝ました。

つづく
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2018年4月7日(土)から腸閉塞で入院しました。入院7日目にして、今は点滴もとれて、久しぶりのブログを書いています。


過去3年は、2月、3月、1月と入院していまして、この1月から3ヶ月を「入院の可能性の高い月」と警戒して、慎重に過ごしていました。無事に4月を迎え安心していた矢先、第一週目で入院するという悲しい結果になってしまいました。





実は、4月7日(土)は、僕の誕生日会の予定でした。
友人達が忙しいなかを開催してくれるということで、楽しみにしていました。

しかし、朝にお腹を冷やしたような痛みがありました。当初は寝相の悪さを後悔するくらいで深刻さはありませんでした。


お腹をカイロで温めつつ会場に向かいました。
誕生日会の会場は築地。
千葉から築地に向かったのですが、あと一駅というところで、断念。

妻に後を託して、私は銀座駅のホームで、ぽつんと痛みをこらえていたのでした。


もし下痢ならトイレに駆け込むはず、トレイに駆け込む気配がないにも関わらず、この痛み。
これは、過去3回起こした下血に違いないと、病院に行くことを決心しました。


去年、自宅近くの大学病院から、信濃町の慶応大学病院に変更していたため、病院に行くなら信濃町だと、痛いおなかを引きずるようにして、向かいました。

途中、四ツ谷駅で、丸ノ内線から総武線に乗り換えました。


総武線のホームで、腰から"上半身をくの字に折り曲げた格好"の私を、不審に思ったのが、鉄道の「見回り隊」の隊員の方が近づいてきてくれました。


自殺志願者ではないかと思われたのかも。

生きようとする人間と、自殺しようとする人間が、似た姿になっているのは面白いなぁと、少しリラックスできました。


実は、こういう日に限って、携帯を自宅に忘れてしまってて、(Ο´∇`Ο)
妻に連絡しようにも電話番号も覚えておらず、まったくわからない状態だったので、信濃町のコンビニで、ペンとノートを買いました。

【入院2】CRPは通常通りで高くなく、腸閉塞の疑いへへつづく。


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2017年1月29日(日)の下血で、夜間外来にいきました。

そのときに止血剤の『トランサミン』の点滴を受けた箇所(右腕の下)にあざができました。



その場所だけだったのですが、アサコールを服用し始めた後ぐらいから、「右腕の上」と「左腕の下」にもあざができるようになりました。

「右腕の上」は、点滴を受けた箇所の上になりますので、あざができる理由は分かるのですが、「左腕の下」は、なんでだろう。


2月8日(水)の外来での診察時に、主治医に伺ったところ、血管炎が起きていることとそのうち治るとの
言葉をもらったので、安心はしているのですが、不安は感じました。

不安を感じそうになって、でも、不安は良い結果をもたらさないので、不安を打ち消しています。


①一番最初にでた「右腕の下」
もう色は落ちています。

2017-02-09-10-30-41


②いま一番強くでている「右腕の上」
赤いぶつぶつが見えて、気持ち悪い

2017-02-09-10-29-59

2017/02/11


③アサコールを飲み始めて現れた「左腕の下」
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このまま症状が治まることを多いに期待!
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ベーチェット病の疑いがあり、

本日(2/4の話です)、眼の再検査をうけたところ、異常なしとの診断結果になりました。

※正確には、ベーチェット病の症状であるぶどう膜炎ではないと否定できないという表現になっていますが、なにか目に症状がでたら眼科に来て欲しい。次回の検査は三ヶ月後でよいと言われました。

いま異常はないという結果が得られて、ホッとして、体から力がドッと抜けてしまいました。



失明するかもしれないという不安は、僕には大きすぎました。


朝、病院へ入った時点から、緊張していました。

いつもの道、いつもの場所なのに、怖さを感じました。


眼の検査では眼底を広げるための点滴をします。

ちゃんと検査してもらえるように、心理的には逃げませんでした。

もうひとつ安心できたのは、もっと若いときに症状はでるけどと、いまの年齢では、、、。となったことです。

アラフォーで良かったと初めて、この年齢を喜びました。

しかし、病気は今日いきなり治ってもいいし、今日いきなり深刻化する可能性もあります。

もう、後悔はしたくないの一心のもと、やれることはしっかりと取り組みます。
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