ひとの行動は、ところてん方式によって作られる(と思う)

人間という生き物は、自分で考えて行動しているようでいて、じつは、周りの人に大きく影響されて生きているようにみえます。

とくに、自分の育ち、どんな風に育てられ方をしたのかによって、変わってくると思うのです。

優しく育てられたら、人に優しくできて
厳しく育てられたら、人に厳しくなる

私たちは自我がありますし、自分で考えて行動していると思いがちなのですが、
でも、気づかないうちに、与えられた感情・行動をそのまま反射しているだけの存在になっています。

インプットされたまま、アウトプットする、ところてんのような存在です。

そのため、

まるで、社会全体が人を育て、人が社会全体を育ているような

関係が成り立ちます。

社会全体⇒人⇒社会全体⇒人...

この関係があるからこそ、私たちは自分たちの行動によって、社会に影響を与え、変えていくことができます。

この社会をもっとより良いものに変えていきたいと思ったら、

その思い描いた社会があなたに与えてくれるものとおなじものを社会に与えていけばいいのです。

私自身が周りの人に優しくすると、周りの人が優しいことをするようになり、社会全体が優しくなります。

人は与えられていないものを、ひとに与えることができない存在だと思うのです。



 

近年、昭和の名優と言われる方々が亡くなられています。

昭和の名優さんが若い頃に、出演されていた映画のリストをみると、ヤクザ映画が多いです。

当時の社会は、反社会な人がかっこいいと思われていました。

たばこを吸う姿がかっこいいと受け入れられていました。

暴走族がかっこいいと、不良学生がかっこいいと思われていました。

いまは、たばこも、暴走族も、不良学生も意味がないと思われています。



 

当時は、なぜ、不良がかっこいいと思われていたのでしょうか?

それは、社会全体で抱える圧迫感に、人々が耐えられなかったからではないかと私は考えています。




昔のお父さんは怖い存在でした。

そのお父さんのお父さんも、怖い存在でした。

社会全体が貧しかったので、強くないと生きていけませんでした。

男性は強くなることを強制されていました。




家庭で、学校で、いろんな人に殴られて育ってきたお父さんは、社会にでても上司や職人先輩から怒鳴られました。

社会から肉体的にも精神的にも暴力を振るわれてきたお父さんは、そのまま家庭でもアウトプットするようになり、子供にも厳しく行動していました。

その暴力に耐えられなかった子供達は、社会に反発するようになります。

暴力に対しての反抗だったのです。




しかし、バブル経済向かって日本全体が豊かになるようになると、お父さんは、社会から受けるストレスが減って、優しく扱われるようになります。

ストレスが減ったお父さんは、子供にもストレスを与えなくなります。

いま、子供が無意味に反社会的に育たないのは、家庭内のストレスが減っているからです。




しかし、また労働環境が悪化して、家庭内のムードが変わっていることを危惧しています。

正社員ではなく、非正規雇用として働らかざるを得ない人が多くなっています。

この雇用関係が働いているひとに与えている影響がとても気になっています。



資本主義で生き残っていくために生まれた非正規雇用の常体化によって、人々に諦めムードが蔓延しているように思います。

現在の子供に巣くう諦めムードは、ここから発生しているのではないかと思います。



自分の行動によって社会が変わっていく。

この法則をしっかり念頭において、よい社会の実現に向かって、行動していこうと思います。